懐疑心と猜疑心
懐疑心と猜疑心 恥ずかしながら初めて耳にする言葉でした。これは、池上彰さんの著書の中に出てきた言葉で、生成AIについて書かれた中に出てきました。ちょっと興味があったので調べてみました。懐疑心と猜疑心の違いはどちらも疑う気持ちですが、「懐」は単純に思いを抱くことを表し、「猜」は嫉む、妬むといった相手に対するネガティブな感情が込まれていることだそうです。つまり生成AIは素直に疑ってみてみる力が必要だということ、そうすれば自然と答えが出てくるそうです。例えば、画像なら人間の自然の腕の組みかたではなかったり、指の本数が違ったりなど。(私も詳しくはしれませんが)。私は仕事がら大きな機器を扱ったりします。生成AIもそうですが、機械は人間が必要に応じて正しく使用するものであって機械に人間が使われてしまったらどんな世界になってしまうのか恐ろしいと思います。そう考えると懐疑心って大事ですよね。この先どんな世の中になっていくのか恐ろしくもあります。
余談ですが、無意識に猜疑心にみまわれることがあります。自分が知らないことを他人が知っているとつい 第一声が「え~ほんと?うそでしょ」と言ってしまいます。悪い癖だと思いつつ。でも、すぐにちゃんと調べて納得して理解し知識として身につけてはいますが。
投稿者プロフィール







